共産主義はなぜ数千万人を処刑したのか、そしてそれはなぜ可能だったのか

処刑

資本主義はまもなく崩壊します。世界中で積みあがった負債が天文学的な数字になり、利払いに耐えきれないからです。世界経済はかつてないレベルの打撃を受け、別のシステムを求める声が上がるでしょう。そしてそれは共産主義だろうと思います。しかし、ここで忘れていけないことは、共産主義政権下でどれだけの人数が処刑、または殺害されたかと言うことです。第一次大戦と第2次大戦の死者数の合計は1億人ですが、共産主義ではそれに匹敵する人数が殺害されました。毛沢東政権下の処刑と飢饉では5000万人が殺され、レーニンとスターリンによる処刑と意図的な飢饉(ホロドモール)でも3000万人が殺されました。ヒトラーがソビエトに攻め込んだ時、ソビエトのプロ軍人はあらかた処刑されていてアマチュア軍人しかいなかったため、ソビエト側の死者が増大したことは有名です。ポル・ポトはカンボジア国民の3人に1人、200万人を処刑しました。では、共産主義はなぜこれほど多くの自国民を処刑したのでしょうか? 戦争で敵を殺すことは感覚的に理解できても、平和時に自国民を大量処刑することはなかなか理解できることではありません。そしてさらに重要な問いかけは、なぜそれほど大量の処刑が可能になったのかということです。これらの問いかけに対して答えを用意することは、共産主義の復活を回避する上で大事ですし、同じ反資本主義思想のユートピア思想と共産主義は似ていながらも違うことを明確にする上で大事です。そこでこのブログは、まずこのテーマから始めます。

最初に共産主義の概要ですが、共産主義は産業革命後の資本主義に対抗する思想としてマルクスが生んだものです。当時の労働環境は過酷かつ非人道的で、12〜16時間の労働は当たり前。5歳〜10歳の子どもも働き、ケガをしても補償はなく、賃金も生活に必要な最低限でした。そこでマルクスは労働者たちに理論の武器を持たせるため、『資本論』を書きあげたのです。『資本論』はその名の通り資本、つまりお金とは何かについて書かれた本であり、まさに労働者の武器となるような鋭い指摘が多々あります。共産主義が目指す社会は階級の無い平等な社会です。土地や生産手段を共有化すれば階級は無くなり、階級が無くなれば対立は無くなり、支配者もいなくなるとマルクスは考えました。宗教は現実逃避であり、資本家が自分から権力を手放すことはないので、革命は必然的に暴力的になるとも考えました。

そんなマルクスの思想を実現したのがレーニンです。レーニンは第一次大戦の失政によるロマノフ王朝の崩壊に乗じ、少数の支持者を率いて革命を成功させました。そして選挙で負けても武力で権力を維持し、産業・運輸・銀行の国有化を宣言、大地主の土地を没収して農民に分配、無料の教育制度、女性の解放など、共産主義的政策を実現しました。共産主義革命の目的は資本家階級を倒すことです。そうであれば、レーニンが政権を握り、工場などを国有化した段階で革命は終わりのはずです。しかしレーニンは革命を終わらせませんでした。レーニンは「反革命分子はどこにでもいる」と言って、政治警察、通称チェーカーを設立しました。

チェーカーの任務は「反革命運動とサボタージュの企てと行動を監視し、これを撲滅する」ことでした。そして裁判所の決定なしに容疑者の逮捕、投獄、処刑する権限を持っていました。法律を超越した暴力組織です。しかし「反革命」とは何でしょう。そこに定義などありません。レーニンが敵とみなした者たちは誰でも「反革命」のレッテルを貼って処刑することができたのです。そこには工場主、商人、富農、政敵、聖職者、知識人などが含まれました。1992年にロシアで製作された『チェキスト』という映画があるのですが、流れ作業的に処刑を進める様子が描かれています。レーニンが続けたことは革命ではなく独裁体制の確立でしたが、ソビエト国民は社会の急激な変化の中で無力でした。一部は処刑を喜び、一部は抵抗しましたが、ほとんどは様子を見守りました。

共産主義ほど看板と中身の違う主義もありません。レーニンは共産主義の理想を独裁の実現に置き換えました。共産主義が私有財産を認めないことは、国民の権利を奪って国民を弱い状態に置くことを可能にします。階級の否定は一党独裁の口実になります。神を否定することは、独裁者自身が神になることを可能にします。そしてレーニンが悪魔的に賢かったところは、当時の心理学の最先端に注目したところです。次のような話があります。

1919年10月、レーニンは偉大な​​生理学者I.P.パブロフの研究室を秘密裏に訪れ、脳の条件反射に関する研究がボルシェビキによる人間行動の制御に役立つかどうかを調べたとの言い伝えがある。「私はロシアの大衆が共産主義的な思考と反応のパターンに従うことを望んでいる」とレーニンは説明した。「過去のロシアには個人主義が行き過ぎていた。共産主義は個人主義的な傾向を容認しない。それらは有害であり、我々の計画を妨害する。我々は個人主義を廃止しなければならない」。パブロフは驚愕した。レーニンは、犬に対して既に行ったのと同じことを、人間に対しても彼に求めているように思えた。「ロシア国民を標準化したいのか?皆を同じように行動させるのか?」とパブロフは尋ねた。「その通りだ」とレーニンは答えた。「人間は矯正できる。人間は我々が望むように形作られるのだ」。

『A People's Tragedy: The Russian Revolution: 1891-1924』


レーニンはパブロフ理論を知ることで、人間の脳は操作できると確信しました。パブロフの犬とは条件付けによる洗脳です。犬にエサを与える際、常にベルの音を聞かせて条件づけると、犬はベルの音を聞いただけでよだれを垂らすようになります。レーニンは「反革命」という言葉とチェーカーを結び付け、国民が「反革命」という言葉を聞けば、恐怖で脳が凍り付くように条件付けしました。こうしてソビエト国民は「反革命」と言う言葉にまったく抵抗できなくなったのです。映画『チェキスト』を見て不思議に思うことは、これから処刑される人たちがほとんど抵抗せず、むしろ自分から進んで処刑される様子すらあることです。これがマインド・コントロールの恐ろしさです。ソビエト国民は「反革命」と言われて処刑されることを、当然のこととして受け入れてしまいました。さらにレーニンの悪魔的なところは、国民のマインド・コントロールに加えて密告制度を採用したことです。密告制度とはつまり、レーニンのみならず誰でも他人に「反革命」のレッテルを貼り、当局に処刑してもらうことが出来るシステムです。自分が気に入らない人間は誰でも合法的に殺せるこのシステムはソビエト国民をパニックに陥れました。まるで中学生が殺し合うカルト映画『バトルロワイヤル』の世界です。周囲はすべて自分を密告するかもしれない敵であり、自分が生き残るためには、自分が殺される前に他人を殺さなければならない世界。そんな世界がかつて現実に存在しました。

現代人が現代の感覚でソビエト社会を見れば、「反革命などという定義の曖昧な理由で人を処刑するのはおかしい」と思うかもしれません。しかし当時、そのような疑問を持つ人は真っ先に処刑されていました。レーニンが聖職者と知識人を処刑したのはそのためです。このやり方は中国でもカンボジアでも同じで、特にポル・ポトは字の読める人間を徹底的に処刑しました。レーニンが死んでスターリンの時代になると、今度は政策の失敗を一般人に押し付けて処刑するようになります。スターリンは工場生産がうまくいかないのはサボタージュのせいだとして工場の責任者を処刑しました。スターリンが政治に失敗すればするほど国民は処刑されることになり、このようにして数千万人のソビエト国民が殺害されました。

共産主義から得られる教訓は無数にあるでしょう。生産手段を国有化することは正義のように見えて、実は国民を無力化する手段だったことなどは一例です。しかしここでは最も重要な点のみ取り上げます。マインド・コントロールと密告制度のコンビネーションが第1時、2次大戦に匹敵する死者数につながったとすれば、私たちが最も恐れなければならない敵は政府によるマインド・コントロールです。憲法は国民を政府から守る法律であり、思想の自由が大事である理由はまさにここにあります。政府が思想警察を設置したとき、国民はそれがいずれ千万人単位の殺害につながることを予想しなければなりません。人をマインド・コントロールから守るものは理性と良心です。ユートピア思想は理性と良心を尊重します。

 

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